当時30年近く前のMDNの雑誌のインタビュー記事が当時の考え方を表している。 アートディレクター 柴山 信広 氏 ——広告表現の世界にCG(コンピュータ・グラフィック)を持ち込んだ第一世代と言える柴山さんですが、CGを本格的にやり始めたのは何年頃からですか? コンピュータに興味を持ち始めたのは1988年からです。その頃は、建築にはCADがあり、音楽でもシンセサイザーが小型化されるなど、世の中が徐々にコンピュータ化されていく時代でしたが、どういうわけかデザインの世界では使えそうなコンピュータはほとんどありませんでした・・・版下の時代でしたから(笑)。 僕自身がコンピュータに興味を持って、いじり始めるきっかけになったのはYMO(細野晴臣、坂本龍一、高橋幸宏によるテクノポップバンド)ですね。ノイズを効果的に使うデジタルな音楽が世界に認められたんですから。僕も当時、持っていたコンピュータでノイズを罫線や飾りに使っていました。 広告の仕事としてコンピュータを本格的に使った作品は、『NTTの企業広告ポスター』(1991年)。3Dとリアル写真を合成したものです。スーパーコンピュータでしか作れないとされていた時代に、普通のデスクトップで仕上げ、世の中に“これは使える”とインパクトを与えた作品でした。 その時に思ったのは、“コンピュータの中にオフィスを造ろう”でした。コンピュータやモニター、フルカラーのボード、ハードディスク、ソフトと揃えると500万円以上と、最高級車が買えるくらいの投資ですから(笑)。でも、コンピュータは2年で2倍のスピードになって1/2の金額になる、と後で知って大失敗。仕事で使いこなし、コンペに勝ったら新しいマシンに買い替える…。まるで超特急に乗りながら、後ろから迫ってきた新幹線に飛び乗るような感覚。とにかく必死でしたね。
——その頃、広告制作者の間でCGはどう思われていましたか?
1994年頃までは説得してもわかってもらえませんでしたね。当初、制作者の間ではCGへの疑問を抱く人が多く、『バーチャルはバーチャルに過ぎない』という意見が相当ありました。特に、バーチャルな世界と対照的な位置にあったカメラマンや多くのその当時のADは、CGでは空気感やシズル感が表現できないと反対していました。
広告では常に新しいアイデアが必要なのに、コンピュータ上で作業できるようになると、写真のディレクションがなくなる、楽しみのロケに行けなくなる、コンピュータをオペレーションするスキルのハードルの高さや会社と言えども資金面が不安などの理由もあったのでしょうけれど、どの広告代理店に行っても受け入れてもらえませんでした。その時、みんなの話を聞き入れていたら、だめだったでしょうね。
色々考えて、わかってもらえるクライアントといえば、やはりコンピュータの会社。ヒューレット・パッカード社のコンペで作品が評価され、その後5〜6年仕事をいただきました。最初の投資は大変でしたが、それがあったから今があると思っています。HPさんには、感謝しています。
——そんななか、柴山さんにとってデジタルの魅力とは?
大昔、ソニーがデジタルオーディオを発売してダビングに関して音楽著作権が取りざたされた時、カメラマンも『写真のコピーは絶対許せない。だから、オリジナルは自分が持っていて納品はデュープを渡したい』という時期があったんです。音楽テープがダビング(コピー)を繰り返すとノイズが入るように、写真もアナログですからデュープ(複写・コピー)を繰り返すと色や質感などクオリティが下がります。その点、デジタルは何度複製されても、質が変わることがなく、自分の気持ちを正確に伝えることができる・・・これが、デジタル・テクノロジーの魅力ですね。
でも今の時代、デジタル化が進むほど感じるのですが、活版で紙にめり込むくらいの圧力で押された文字は迫力がありますよね。やはり写植と比べると活字には力強さがある。だから僕は、アナログを切り捨てるのでなく、デジタルとアナログを複合して使い分けていけばデザインの選択肢が何倍にも増えると思っています。
——そこに、CGと実写による独特な柴山ワールドの秘密があると言えますね?
僕はアートディレクターなので、得意としているCGを使う場合もありますが、クライアントの要求や商品の伝えたいイメージに合わせて、カメラマンのリアルな写真やイラストなど、いろいろな形態をコントロールしてデザインします。それが本当のプロのデザイナーだと思います。
また、僕がコンピュータでデザインするときは、ネガティブに一見考え勝ちなシャドー部分デメリットにをフォーカスしていってコンピュータデザインのデメリットを掘り起こせば、掘り起こしていけば行くほど、メリットが解ります。だめだと一般的に言われていることは表層意識レベルまで上げてあげれば強い物に成るのです。だから、あのときは実写より真空状態で撮影された、得たいのしれない物の世界を表現することを狙っています。
でも、これだけではアメリカの真似でしかないので、僕はイタリア絵画の古典技法のテンペラ画のような、独特のライティング手法で撮影したような写真に仕上げています。
——逆に、PCによるデザインが当たり前になったことで危惧されることや、若いデザイナーに求めることなどありますか?
モニターサイズでデザインを終了してしまうため、空間の身体感覚が欠けてしまうことだと思います。僕たちがデザインを始めた頃は、B全サイズのポスターを作る時は、B2の版下に写真をスライドで映してアタリを取って、文字をピンセットで動かして身体感覚をシミュレーションしながら作ったものです。
若いデザイナーには、モニターで作ったデザインを実際の大きさの紙に印刷したらどうなるか、仕上がりを想像して作業できる能力が求められるでしょう。
また、若い人が陥りがちなのがデザインを自分の作品にしてしまうこと。作品になってしまうと、社会や経済と結びつきません。広告デザイナーなのだから広告をつくる時は、企画して見積りの許可を取ってから、プランニング、プレゼンテーション、そしてそれをデザインに落とし込むわけです。その結果、人を動かすことのできるデザインが作れる、それが本当の意味での広告デザイナーだということを忘れないでください。
——最後に、WEB媒体を含めたこれからの広告コミュニケーションのあり方をお聞かせください。
WEBサイトを作る中で感じていることですが、WEBは一方的に情報を与えるのではなく、消費者の気持ちが正確な角度で瞬間にわかる媒体です。言い換えれば、サイトから発信する情報によってコマーシャルも変わる時代なのです。
でも現状は、消費者の進化にクライアントやマーケティングをデザインする人たちが追い付いていないため、視点のズレが生じていると思います。これからは、このズレを修正しながらコンピュータでデザインしていくことが、私たちデザイナーに要求される必要な視点だと思います。
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