Shibayama
works
Produced in 2000
Identity in N.Y. (Paper:A4) Canon
ARTと商業。卓上出版。机の上で作る図書の誕生。 (文化庁派遣 IT デザイン関連ニューヨーク研修)
課題と解決:新型プリンターのプリントサンプルが必要で画期的な見せ方がしたい。プリントサンプルもその企業のクオリティーやデザインの質と同じレベルであるべき。しかし実態はセールスマンが現場を離れるとお客様のところに置いてきたサンプルは二度と見られることなく引き出しに直行か、捨てられている。なんとかならないものか。
ARTと商業が同時に成り立たないものか。
書店に並ぶ書籍は印刷屋が行う。DTP(Desktop publishing、デスクトップパブリッシング)とは卓上出版を意味し、書籍、新聞などの編集に割り付けなどの作業をパーソナルコンピュータ上で行い、プリンターで出力を行うこと。
今回の提案はサンプルではなく書籍として300冊のロットを実際にチャレンジすること。よって一冊のページ数は88ページで全部で26,400回以上のプリント実験。ページで紙質も厚紙、普通紙やトレペなどで多品種印刷。それが優秀なプリンターの証明でもある事。全て裏表で印刷しそれを図書として営業ツールにする。このような国内で初めての魅力的な試みをプレゼンした。これは用途として可能性を広げることをイメージしていただく事。これで商業にARTが入り込む。
シンクロするかのようにその当時の情報発信のニューヨークへITビジネス/デザインビジネス業界視察の話が文化庁から も文化庁派遣 IT デザイン関連ニューヨーク研修も持ち上がり多種多様な課題を解決できた。まったく奇跡のようだった。CD-ROMも制作。ロンドンインターナショナルアドバタイジングアワード受賞。
紙の出力見本から
DTP書籍へ
Every man has his Identity ニューヨークは「人種のるつぼ」。
そこでは、彼らが彼ららしいことこそが、国と自分のアイデンティティを表現することになる。
NYの懐に飛び込み、肌でNYを体感し、手を使い足を使い、五感を駆使し、独自の人間ネットワークを築くことから、今回の制作ははじまりました。その中からNYならではの視点を得、「IDENTITY」というARTとカラープリンターにふさわしい企画が産まれていきました。
●業界・業種 プリンター、カメラ、事務機器
●エリア アウターコミニケーション・ツール
●ジャンル ART卓上出版 CD-ROM
●プロジェクト期間 約7か月
●スコープ 不可測時間+コンセプト開発/アートディレクション/デザイン/コピー/プロジェクト管理/
撮影現地取材/ロケ/ 一部分現地カメラマン/執筆依頼/DTP製本/CD・ROM制作
●記事寄稿者 荒俣宏/浅葉克己/イーサン・レビタス/ジョージ・フィールズ
ニューヨークをDTP&ART。
現地にて
アンケートを実施。
インタビューを実施。
それぞれの自己実現と
アイデンティティを
感じる時は同質なものから来る。
多くの人が日本に憧れている。
尊敬されている。
創造的で、美的だと感じている。
荒俣宏 この本で紹介されている作品の多くは、ニューヨークの街角に落ちていたもの・出会ったもの・見つけたものを拾い集めて作られています。それらを寄せ集めて、そこに新たな生命を吹き込む作業は、実は一番神的な行為といえます。 また路上のごみは、一度命を抜かれてしまったものです。それが拾い集められ、他のごみと組み合わせて、結びつけられて展示されることで、再び、見る側の意識に引っかかるようになってきます。アイデンティティとは、常に再合成されたものです。 このような、再合成し、スポットライトを当てるという行為は、20世紀のアートの1つのポイントでもあります。 それは、ニューヨークという演劇的空間の中でこそ可能になったことなのだと思います。
Produced in 2000
Produced in 2000
Produced in 2000
Produced in 2000
Produced in 2000
Produced in 2000
Produced in 2000
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Produced in 2000
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Produced in 2000
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Produced in 2000
Produced in 2000
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ブライトンビーチにも行った。ワールドトレードセンターにも行った。
多彩な人たちが夢を共有しそこに資本が投入され、
いくつもの斬新な組み合わせによる
新しいビジネスが創造されるN.Y.だった。
エッセイの抜き出し。
私が小学生になる前だったと思う。NHKテレビの放送時間が終わる時間だったか、ニュースの時だったか、モノクロ画面上で地球がゆっくりと回転していた。
そしてそこから『龍のおとしご』のような地形がゆっくりと現れてきた。幼いのになぜか誇らしかった。日本にはその「形」がある。つまり、形としての国土が明快に海上に存在しており、地図上にある日本というものがはっきりとわかる。地形はデザインの仕事で言う、独自性、独立性を具備しているのだ。
これからは好むと好まざるとにかかわらず、インターネットで代表されるように国家間の壁はどんどん低くなり、肌で感じるため私はニューヨークを選び旅立ってみた。ニューヨークには、実に194カ国から来た人々が生活している。よく言われるように地球の縮図である。ニューヨークを、私は鳩のように飛翔し、犬のように走り、嗅ぎまわって探検した。そこに見たものは、国々の地形の非独自性とは対照的な、多くの民族と人びと個々の強烈なまでの、アイデンティティの存在だった。
ニューヨークに行くことは日本を外から見ることでもあった。同時に、日本で生きてきた物差しでニューヨークを見ることでもあった。ことサービス業の仕事ぶりに関しては、日本の方がニューヨークよりレベルが高いと感じた。
日本は、良質のものをできるだけ早く仕上げることを集団でめざしてきたと思う。その結果、底辺は狭いが、かなり高さがある「カマボコ型」になった。これは質やレベルがある程度揃っていて安心できる反面、とてつもない才能やあっと驚く組み合わせが飛び出してきにくいという問題がつきまとう。
対してニューヨークは、「ノコギリ型」であるように感じた。スゴイやつはスゴイ。かなりバラツキがある。質やレベルの低い部分も多々あるのだが、飛び越している才能もまたキラ星のごとく多いのだ。優れた才能が一定の業種に偏るということもあまりない。
飛び抜けた才能を持った人物がさまざまな業種で多く存在している。
それらの才能たちが夢を共有して、そこに資本が投入され、いくつもの斬新な組み合わせによるまったく新しい遊びやビジネスが創造されていくのだ。
残念ながら、まだ日本企業は苦手な部分ではないだろうか。日本人はまだ、“みんなと同じ”ことをよりどころにしているところがある。しかし、その良さは残しつつも、次に、“みんなと同じではない”もの、つまり「われわれ」ではなく「私」を主語にしたアイデンティティを手に入れていくことが大切であるかもしれない。そのことの仕事の多種多様なアイデンティティの健全な活躍を望みます。 柴山信廣
Produced in 2000
20210701追記:アメリカ大陸に行ったが大昔、アトランティス大陸とムー大陸が存在していたそうだ。しかしアトランティスのある種の人がテラ(地球)の中心にある種のものを撃ってしっまた。それはそれは大変な事だった。その問題が解決し人々がもう一度住めるようになるまで相当年月が掛かった。ノアの箱船の件もその当時に出てきた。それでテラは今のように大陸が細かく分解しさらに地軸はおよそ20数度傾いたそう。その後にヨーロッパ、中東、中国と一つの大陸、オーストラリアなどと龍の落とし子の形を持った日本が存在した。今あるその大陸に住んでいた人の名残をアトランティック系といいそ、そこから海で隔たれた日本列島と日本国籍を持つ人はムーのidentityを持つ人らしい。誇るべき日本。そしてワールド トレード センター(WTCビル)はまだ残っていた。そこで夕食をしたものだった。
2022年 YouTube の画面より(作者不明)
Produced in 2000
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Produced in 2000
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ニューヨークの手練 -洗練された個人主義-
DATE: 06/21/2001 08:12:09 AM
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東京、山手線の朝夕は大変に混雑する。ニューヨークの地下鉄もまた、朝夕はラッシュである。これは、ニューヨークに住み始めて間もない頃見たことである。
ある地下鉄駅で、ホームの方から太ったおばさんが、閉まりそうなドアの前で、「私これに乗らないと間に合わないのよ」、「どうにか入れてよ」と叫んでいる。と、これに対し既に 車内にいたブロンドの美しい女性が声を張り上げた。「ファック・ユー!スペース?」どこ にあんたが入る場所があるっていうのよ、ということであろう。 「でもこれに乗らないと間に合わないの」とそのおばさんも食い下がる。
しまいには「ビッ チ!」なる単語の応酬となり、くだんのブロンド美人はやにわに電車を降り、ハンドバック を使っての攻撃となった。両の腕で巨体のおばちゃんを、えいやとばかり遠くに押しのけた 美女、さっと再び電車に飛び込んだ。そして、映画「スライディング・ドア」の運命の一番 面よろしく、おばちゃんの目の前でドアはきれいに閉まったのであった。 瞬時の勝負に勝ちを収めた、手練のブロンド美女は一言、「ふん、ここは私のスペースなん だから。そして、私はここにいるわ。」彼女の意気揚々たる鼻息は、前に立っていた私の瞼 にも熱く感じられたのだった。
ブライトンビーチ・コレクション
DATE: 06/22/2001 08:06:46 AM
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ニューヨークはマンハッタンだけではない。ニューヨーク市郊外を歩いてみようと思った。
そう決めた朝は、あいにく小雨模様だった。私が住んでいる23番地の地下鉄駅から1時間ほ どで、ブライトンビーチとコニーアイランドという海岸へ行くことができる。そこへ行って みようと思った。
マンハッタンを越え、ブルックリンを越えて行くと、風景が突然変わる。このとき、ニューヨーク周辺を含めて、"ゴッサムシティー"なんだ、という感じが初めてしてきた。 地下鉄は地表を走りだし、低い建物の上を高架線で進んで行く。左右に連なる壁に続くの は、アイデンティティを証明するサインを、イラスト風に描いたグラフティーたちである。 雰囲気はさすがに危ない感じがしてきたが、この一見デインジャラスな感じの先に、また新 たな見えるものもあろうかと、小雨の中、目的地に向かった。
ブライトンビーチは、ニューヨーカーにとっての、いわば「江ノ島海岸」のような場所だと 聞いていた。だからかもしれないが、コニーアイランドは、海岸近くにある遊園地で「みなとみらい横浜」のような場所だと思っていた。多少の交通の不便さを差し引いても、何か興 味を惹く、人の動きがある場所だと思っていた。
しかし、どちらも違っていた。 観覧車は止まり、出店もすべて閉まっていた。ただ一軒だけ、射的屋があった。 ここは開いていて黒人3人がやる気なく、ただ撃っていた。店の中からジャック・ニコルソ ンをアルコール漬けにしたような人が出て来た。ポケットから、くちゃくちゃになった射的 のただ券を出して、「お前、やっていけ」と言われた。私は断った。が、もう一度「やれ、 なぜやらないんだ」と怒っている。 それから、私は海岸のところまで歩いていった。
海岸にも人影は少なく、さみしそうに観覧 車が見えていた。コニーアイランドからブライトンビーチの方に向かって歩いていった。イ ギリスにも同じブライトンビーチという著名な場所があるので、もう少し人がいるのではな いかと思ったからである。 砂浜をゆっくり歩いて行くと、目の前の寒空の下、大西洋が広がっている。タンカーらしき 船影が一つ遠くに見えた。
Produced in 2000
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2000年7月4日火曜日のマンハッタン
ニューヨークではスマイアさんの部屋に一緒にSohoに住んでいたが、滞在の後半は一人で別の場所にアパートを借りた。その時にN.Y.を描いた。
小学生に私がなる前だったと思う。NHKテレビの放送時間が終わる時だったか、ニュースの時だったか、画面上で地球がゆっくりと回転していた。そしてそこから『龍のおとしご』のような地形がゆっくりと現れてきた。
それが「日本だよ」と親から教えられた時、私はなぜか嬉しさを感じた。なぜだったのか、よくは覚えていないが、日本は『いいな』と思ったのだ。多分『龍のおとしご』に似た形状が、しっかりと印象深く、存在感もあり、また何か精神的なものさえ宿っているように見えたからだろう。もっとも、ほかの国の場合は、幼い私には形状がよくわからなかったせいもあったのだろう。
だから、世界の国の数などもよく知らぬままにずっといた。しかし今歳をとり、あらためて地球上の地勢や国々の存在を見直してみると、何と国というものが多いことか。しかも、多くの国が単に地上に境界線を引いただけで形作られており、ちょっと見て、ぱっと「これが君の国の形だね」とは言いがたいのである。日本にはその「形」がある。つまり、形としての土地が明快に海上に存在しており、したがって、地図上にある日本というものも認知されやすくなっている。デザインの仕事で言う、独自性、独立性を具備しているのだ。
これからは好むと好まざるとに拘らず、インターネットで代表されるように国家間の壁はどんどん低くなり、私たちの仕事であるデザインの仕事ですら、諸外国と仕事をしなければならなくなる。そのようなニーズを肌で感じはじめていたので、昨年秋、私はニューヨークを選び旅立ってみた。そして半年余り、かの地での滞在をする。
現在ニューヨークという小さな島には、実に194カ国から来た人々が生活している。よく言われるように地球の縮図である。私は彼等の住んでいる場所を体を通して知りたかった。それはあたかも、幼い時に見た地球の図を、自らの足下に一挙に具現する経験とも言えた。
この小地球、ニューヨークを、私は鳩のように飛翔し、犬のように走り、嗅ぎまわって探検した。そしてその成果を一つの形にまとめていった。そこに見たものは、国々の地形の非独自性とは対称的な、多くの民族と人々個々の強烈なまでの、アイデンテイィティの存在であった。
帰国報告
拝啓
皆様におかれましては益々御清栄のこととお慶び申し上げます。
半年間に渡る、JAGDA推薦によるJAGDA初の文化庁芸術家在外研修も終了し、5月9日付で無事に東京へ戻ってくることが出来ました。出国 の折りに頂いたご厚情に感謝しつつ、帰国の報告を致します。
遠く離れた東京のオフィスと、NewYorkを結んで手がけた仕事や広げた輪そしてマネジメントは、まさにNet時代のデザインのスタイルであるような気がしております。これからそのひとつひとつをフィードバックしていくことが、私の課題であると考えております。
今後とも、末永くお付き合いいただければ幸いです。
末筆ながら、皆様のご健勝とご活躍をお祈りしております。
敬具
2000年5月16日(月)
柴山信広
ブレーン編集部
カラーレーザープリンタのみで出力した画集「identity in NY」 「identity」を制作しました。これは企画からアートディレクション、製本まで手が けています。 出力のクオリティが高いレベルまで到達しているのにも関わらず、DTPといって も、単に通常の印刷のワークフローの一部を担っているだけといったケースが多い。 まだ製本やブリードといったところに問題はありますけれど、この本は本当の意味の デスクトップパブリッシングで、もっと個の単位で情報を発信しても良いのではない かというプレゼンテーションでもある。
「identity」というタイトルには、画一的な ものでなく、より異質なものが求められてくるこれからの日本への想いやメッセージ が込められています。 出力機器の急速な進歩についてどのようにお考えですか。
96年にヒューレットパッカードの大判プリンタで「HP Designer's LABO」というデ ザイナーを対象とした無料出力体験ショールームの企画運営を手がけましたが、当時 はコストとクオリティの面でまだ大判の出力を気軽に出せないといった状況でした。 今は大判インクジェットやカラーレーザーといった分野は使い方によっては印刷を超 えるものすらある。また出力機器の進歩は、印刷をより個人レベルに近づけていま す。行程を短縮し、それだけ考えるための時間を生み出すことができたり、地域や街 と調和させた展開など様々なことができるようになってきています。 必要なものを必要なだけ出力できるようになったことの意味は大きいと考えていま す。
メディアがこれだけある中で、ワントゥワンマ−ケティングといった意味も含め てもっと考えて使っていかなければならないですし、環境問題のこともあります。広告や出版では、必要無いのに作ってしまっているものが多いですよね。大きな話しに なりますけれども資源も限られていますから、もっと目的に応じて使い分けていかな ければならない。これからのクリエイターは地球環境に関する視点を持っていないと いけないと考えています。
海外の出力事情について印象に残ったことはありますか?
ニューヨークへ留学する前に、西安、上海を訪ねましたが、とにかく空間が広く、 それだけに出力のサイズも大きい。日本の大判出力は駅貼りサイズを基準にしていま すが、中国では壁1枚、壁画サイズが標準となっていまる。そのための機材やノウハ ウも発達している。 ニューヨークでも、やはり壁1枚が標準サイズです。ポスターや看板は、むしろマ スメディアとしてとらえられています。タイムズスクエアなどではショービジネスを 中心に盛んに制作されていますし、専門の制作会社もあります。そこではプリンタと いってもロール紙をウィンチでセットするような大型なものが活躍しています。
ただ、看板といえども、街と一緒に呼吸し、調和がとれているところに可能性の広がり を感じました。 技術革新が目覚しいですが、クリエイターはこうした状況にどのように向き合えばい いのでしょうか。
最近の若いクリエイターは、情報収集の仕方が変わってきていますよね。若いクリエイターの中には、自分が使用 する出力機器の特性を十分に理解していない人も多いのではないでしょうか。以前は印刷や製版といった各分野にそれぞれ専門家がいてお願いしてやってもらっていたのですが、現状ではコスト面などからそういうことがやりにくくなっている。 デジタル化が進みデザイナーの職域が広がっている現在、コーディネイター的な役割 の人間が求められているのかもしれません。だからこそ一般的な人々がやる気を出してみたら、専門的な知識がなくても デザイナーを目指せる時が近いのではと思うのです。
仕事をデザインする能力がクリエイターに求められている〜柴山信広氏
文化庁の派遣による海外研修を終えたところでもある柴山氏に海外事情も含め語ってもらった。